”痛み”とともに働く――精神障がい者がテレワークで得た変化 - SUUMO ジャーナル(スーモジャーナル)

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”痛み”とともに働く――精神障がい者がテレワークで得た変化

(撮影/片山貴博)

 日本では今、在宅で生活する障がい者約365万3000人のうち、雇用されている人は約56万人と約15%程度にとどまる(※)。また、うまく就業につながっても、職場になじめなかったり、ストレスを抱えて離職してしまうケースも少なくないという。 このような不均衡を解決すべく、企業には障がい者雇用の拡大が求められている。前回の記事「通勤できない精神障がい者に、テレワークで広がる働く機会。在宅雇用支援サービスのいま」では、テレワークが障がい者雇用の推進につながっている動きについて、企業、障がい者両方の視点からお伝えした。

今回お話を聞いたのは、在宅雇用支援サービスを通じて就職し、自宅でテレワークをする岸さん、24歳。テレワークを選択した理由、就職活動、日々の生活について詳しくお話を聞いた。

強い“不安”と、原因不明の痛みがおそう日々

「やっと家族の負担にならないと思える生き方ができるようになりました」

そう笑顔で語る岸さん。幼いころから過ごしてきた湘南エリアの一軒家で両親と同居しており、不安の症状や原因不明の体の痛みを抱えながらもテレワーカーとして働いている。

自宅で取材に応じてくれた岸さん(撮影/片山貴博)

自宅で取材に応じてくれた岸さん(撮影/片山貴博)

高校卒業後に看護師を目指して看護大学に入るも、実習がきっかけで大きく体調を崩してしまった。結果的に進路変更という形で退学を決断したものの、不調が悪化し、抑うつ状態や強い不安の症状が生じ始めた。その翌年には原因不明の痛みが発生する身体症状症も併発し、胸と右足の痛みに常に悩まされるようになった。

テレワークで働き始めて半年が経ち、罹患した当時に比べると大きく落ち込むことは少なくなったものの、未だに不安の症状は強い。

「『出かける30分前に起きる』という友人がいるのですが、私は絶対にできないです(笑)。最低でも外出する2時間前には起きて、忘れ物がないか何度もチェックします。そうしないと気が済まなくて」

岸さんは左手に持った杖に体重を移動しながら、足の痛みを避けるように一歩一歩ゆっくりと歩く。「バスや電車で数駅を移動するだけでも大変です」と、岸さんは表情を歪める。

「私にとっては、出勤自体がかなり消耗することなんです。面接に行って帰ってくるだけでも、疲労感がすごくて、痛みがひどくなってしまうこともありました。だから家で仕事ができるのは、本当にありがたいことなんです」

仕事中は一人だけど、いつでも相談できる

自室での仕事中の様子(撮影/片山貴博)

自室での仕事中の様子(撮影/片山貴博)

岸さんが働き始めたのは、昨年8月、カラオケの第一興商だ。カラオケアプリで配信している動画のチェック作業や、競合他社が出している求人など、採用関係の情報の収集と報告を行っている。

1日の労働時間は6時間。朝10時に出勤して、1時間のお昼休憩を挟んで17時に退勤。作業中は1人だが、仕事で分からないことがあればいつでも在宅勤務による雇用に対し支援を行っている企業が提供するオンラインサービスを通じて担当者にチャットで質問できる。

「在宅雇用支援サービスの方が間にいてくれるのは、とてもありがたいです」と岸さん。

「体調が完璧な状態ではないので、どうしても不安になることが多くて。直接会社に聞くのは少し気が引けるような場合でも、担当者の方が仲介してくださることでスムーズに進むこともあり、とても感謝しています。仕事をしているときは1人でも、相談できる人がいつもいてくれるのは、すごく心強いです」

10時出社という条件も、岸さんにとってはありがたい理由がある。

「気温が低い日や少し無理をした日には、夜間に呼吸のたびに胸が痛んで何時間も眠れなくなることがあるんです。痛みが落ち着いてくる朝の4時くらいにようやく眠りにつけるのですが、10時から自宅で業務開始であれば、そこから最低限の睡眠が取れます。テレワークでなければ、こんな風に痛みを抱えながら働くことはできませんでした」

自宅のパソコンから利用する在宅雇用支援サービスのオンラインシステム(撮影/片山貴博)

自宅のパソコンから利用する在宅雇用支援サービスのオンラインシステム(撮影/片山貴博)

薬を服用したり、温めて痛みを和らげたりしながら生活している(撮影/片山貴博)

薬を服用したり、温めて痛みを和らげたりしながら生活している(撮影/片山貴博)

身体は痛い。それでも働きたい

「精神障害の症状が出はじめたころは、抑うつ状態がひどくて、笑うことすらできない状態でした。こんな風に声を出す気力もなかったんです」

学生時代に病気になった岸さんには、職歴がなかった。「最初は1カ月もつかどうかすら不安でした」と、岸さんは笑う。

ところが予想に反して、リラックスした状態で業務ができることで痛みをある程度抑えられた上に、精神面でもプラスの影響があったという。

「病気になったとき、もともと低かった自己肯定感が地に落ちました。『お金ばかりかかっていて申し訳ない、いないほうが良いのでは……』と、本気で考えてしまいました。
でも今は病院代や交通費、食費も自分で払うことができる。そうした“できること”の積み重ねで、少しずつ自信を取り戻せているのだと思います」

しかし、仕事が体に与える負担はゼロではない。1日の業務を終えたあとは横になることが多い。特に痛みの強い日は、休憩時間に横になることで対処している。

「程度の差はありますが、痛みは割と常に生じているので、正直もし働かなくていいのなら働きたくないと思うこともあります。でも……」

岸さんは、“それでも働きたい理由”を続けた。

「私は病気をしたことで、本来かけなくていい心配を両親にたくさんかけてきました。金銭的な負担もかけてしまいました。家でお手伝いをしていても、『本当に申し訳ない……』という思いは、どうしても拭えません。だからこそ、どこか一部だけでも、自立していたい。また、働けていることで過剰な不安や抑うつ感の頻度が以前より落ち着いてきたように思います。自分のためにも、これからも働き続けていきたいと思っています」

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

現実は厳しい……。難航したテレワーク前提の就職活動

幸運にも岸さんは、テレワークが可能な仕事に就くことができた。しかし、テレワークを前提に精神障がい者を雇用する企業はまだ少ないのが現実だ。岸さんは就職活動を次のように振り返る。

「在宅雇用の求人は、ありそうでなかった。実際に就活を初めてみると、難しさを実感しました。応募しても、『身体障がい者ではない』とか、『重度障がい者ではない』とか、企業側が設定している条件に合わなかったために落ちたり、受けることができなかったりもしました」

在宅で働く選択肢は、当時通っていた就労移行支援施設の卒業生の話を聞いて知った。卒業生は在宅の就職先を見つけるまでに、実に20社以上の面接を受けたという。その話を聞いて覚悟はしていたものの、現実がこれほどまでに厳しいとは……。

在宅にこだわっていては、いつまで経っても働けないかもしれない。それなら体に大きな負担がかかってでも、通勤を伴う求人に応募するべきだろうか――。そう諦めかけたとき、岸さんはネットで偶然、在宅での就労をサポートする会社があるのを見つけた。

「障がい者雇用が専門のエージェントはあっても、在宅の求人があるとは明記されていないことがほとんど。そんななか、在宅雇用支援を全面に打ち出しているサービスはとても珍しかったので、すぐに申し込みました」
企業は障がい者を雇用したくても、働き方について雇用経験が少なかったり、どのようにマネジメントすればいいかわからなかったりなどで、なかなか雇用は進んでいない。そんな中、企業側、働きたい障がい者側とのマッチングや、双方に対して働きやすい環境づくりのサービスとを展開する企業が登場してきている。岸さんはその中で、障がい者の在宅雇用支援サービスを打ち出している株式会社D&Iと出会った。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

精神障がい者の在宅勤務の求人はまだ多くはなく、岸さんの元に連絡が来たのは、それから3カ月後だった。

「幸運なことに、面接を受けてすぐに第一興商への入社が決まりました。通勤しなければならない求人に、無理をして応募しなくて本当によかったです」

職歴や障害、求人数などのさまざまなハードルを乗り越えて就職した岸さんは今、痛みを抱えながらも、一歩ずつ、前進している。

今回の新型コロナの影響で、多くの人が経験し、注目を浴びているテレワーク。働きたくても働けない障がい者が、かねてよりずっと求めてきた働き方ながら、ゆっくりとしか進んでこなかったことは、あまり知られていない。
自分にとって働きやすい環境とは?という問いに、皆が向き合っている今は、見方を変えれば、こうした困難を抱える人たちがいきいきと働ける社会の実現を、より加速させるチャンスなのかもしれない。

(注※)障がい者の数字は「令和元年障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)および「令和元年障害者白書(内閣府)」より

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